きさげ作業とは、きさげ(またはスクレーパー)と呼ばれるノミのような工具を使い、金属の表面上にわずかなくぼみを付けつつ出っ張りを削り取り、平面・直角・真直に仕上げる技術です。
主に鋳物や工作機械で加工されたものに対して行われます。
目次
1.きさげ作業はなぜ必要?
きさげの歴史は古く、金属に対しては17世紀に起きた産業革命前後から始まったと言われており(石やレンズに対しては既に似た考え・手法で行われていた)、今でも手作業で多く行われています。今となっては機械で高精度に加工されたであろうものに対し、なぜ更に手作業によるきさげが必要なのでしょうか。
・熟練の職人の技術は機械を上回ることも。
工作機械の加工精度は年々向上していますが、それでも数μmレベルの平面度を作り出すのは難しいものです。ところが熟練者のきさげは1μmレベルを可能にすることが出来ると言われています。
もちろんそのレベルのきさげ作業は長年の経験とスキルが必要とされており、誰にでもすぐに出来ることではありません。まさに職人技です。
・平らすぎても良くない?
摺動する部品や物と物が接触する部品の場合、お互いが凹凸の少ないまっ平らに近い精度であるとピッタリとくっついて離れにくくなる現象が起きます。これをリンギングと言います。
リンギングしてしまうと摺動がスムーズにいかず場合によっては停止します。また、部品の摩耗が激しくなる、高熱が発生し変形=精度が狂うといったことも起こります。
それに対してきさげで多数の数μmレベルのくぼみをつけ(油溜まり)、くぼみに潤滑油が入り込むことでなめらかに摺動させ、リンギングを防ぐという仕組みです。
また、摩耗を低減させることで部品の寿命を延ばし、熱による変形を防ぐ効果もあります。
・母性原理を超えるのは人の手。
工作機械で生産・加工される部品の精度はその機械の精度によって決まり、それを超えられないとされています。これを母性原理(copying principle)といいます。工作機械は機械を生み出す機械=マザーマシンと呼ばれることから母性という表現になったと言われています。
これを同等あるいはそれ以上の精度にする為に、きさげのような手作業による追加工・調整が必要になります。
2.きさげ作業はどういう流れで行われる?
基本的には以下のような流れで行われます。
①きさげしたいものの表面に塗料を塗って薄く延ばす
②基準となる定盤と摺り合わせる
③塗料が取れた部分(アタリ)は出っ張っているのでその部分を重点的に削り取る
④求める精度が出るまで①~③を数回繰り返す
塗料は赤色・黒色・青色の顔料やペーストなどが用いられます。光明丹と呼ばれる古くからある日本画に用いられる赤色顔料が多く使われてきましたが、鉛を含むので有毒性が懸念され、近年は安全性の高い材料で作られたものが使われるようになりました。
・3面摺り合わせについて
上記②で使用される定盤には高い平面度が必要であり、これもまたきさげによって作り出されるものです。この場合は3枚の定盤を使う3面摺り合わせという方法が用いられます。2枚だと平面度が出ていなくても一致してしまうケースがある為です。
これを防ぐために3枚用意し、それぞれA、B、Cとして組み合わせを変えて摺り合わせをします。
そうするとAとCが似た形状だったとしても、AとCは一致しません。
組み合わせを変えながらの摺り合わせを繰り返し、やがて3枚のどれを組み合わせてもアタリが無くなった場合、3枚とも真に平面な状態と言えます。この方法は金属だけでなく、石定盤に対しても同じ考え方で行われます。
3.きさげ作業はどんな部品・箇所に行われる?
基本的には物と物が接触する箇所と摺動部です。
中村留の場合は主に下記部分に対し行われています。
①軸受けブロックとフレームの接合面
②主軸台とフレームの接合面
③工具軸とスライドの取付面
④摺動面
①~③はそれぞれのストック内部にベアリングを持ち、取付面と平面度に相違がありその状態でボルトで締め付けるとベアリングを収めている部分が変形し真円度が損なわれる可能性があり、それを避ける為にきさげを行い平面度を向上させています。④はきさげによる油溜まりで摺動性を高めています。
4.きさげ模様は職人の個性が光る!
きさげは多数に広範囲に行うので模様のようになります。その模様の形は特に決まっておらず、人によってさまざまです。一例として、綾目模様、市松模様、三角模様、三日月模様、千鳥模様などがあります。
5.きさげ作業の今と未来
きさげ作業は求められる精度にもよりますが、習得に長い時間がかかります。また、きさげを行う材質は硬いものが多く、硬いものに対して繰り返し同じ動きをするので腰など特定の部分に負担がかかります。
今では電動式のものやきさげ専用の機械もあり、少子高齢化の影響により特に製造業は人材不足と言われている中、手作業によるきさげは少しずつ減ってきています。
しかし日本人の気質が良い意味で現れる、精密で緻密なきさげは世界から見ても誇れる技術の一つです。そして前述のとおり、機械・母性原理を超える為にはまだまだ人の手による地道な作業が必要な部分は多くあり、どれだけ技術や自動化が進歩したとしてもこれがゼロになることは難しいと言われています。
中村留でも、きさげ作業を自動化したりきさげを行う箇所を減らそうという議論がありました。しかしきさげの技能レベルが落ちてしまうことや出来る人が減ることを懸念し、見送られました。技能レベルを保ちながらより効率の良い方法を確立するために試行錯誤し続けています。
毎年行われる技能検定を積極的に受けたり技能祭で行われる技能コンクールに出場したり、社内に技能道場という環境を作ることで若い社員にその技術が伝承されるように取り組まれています。きさげ作業は必要とされ続ける限り研鑽し、後世に伝えていくべき大切な技能のひとつです。