焼入れはアツくて奥が深い!なぜ硬くなる?

焼入れとは金属に高熱を加えて高温状態にし、急冷することで硬化させる処理のことです。
金属の中でも主に鋼(=鋼鉄)に対して行われます。鋼とは鉄に0.02~2%の炭素と微量の元素が混じったもので、私たちが普段鉄と呼んでいるものは鉄100%ではなくほとんどは鋼です。これは鉄100%で出来たものは非常に脆く、加工もしにくい為です。

1.焼入れの仕組み

鋼はもともとはフェライト(純鉄)+セメンタイトやパーライト(鉄と炭素の化合物)という比較的柔らかく粘り気のある組織で形成されています。
これを熱して一定の温度を超えると鉄、炭素、微量元素が溶け合って均一に混ざり、オーステナイト変態と呼ばれる現象が起こります。再び時間をかけて冷却するとフェライト変態し元に戻りますが、急冷するとフェライトになりきれず、マルテンサイト変態を起こします。

このマルテンサイト化した組織は非常に硬い性質を持っており、この一連の流れと硬さを利用した技術が焼入れです。

2.なぜ焼入れが必要?

工作機械や車両部品のように衝撃・摩擦・干渉が起きる部品である場合、なるべく機械的性質を向上させる必要があります。機械的性質とは外力に対する耐久性を表したもので、傷のつきにくさや変形や摩耗のしにくさです。それを向上させる方法の一つが焼入れです。

焼入れを行うと主に下記の効果があります。

・強度が上がる
・硬度が上がる
・耐疲労性が上がる
・耐食性が上がる

強度・硬度の違い

強度は傷のつきにくさ、摩耗のしにくさ、引っ張り強さ等、さまざまな意味での強さを表します。
硬度は一定の力を加えた時にどれくらい変形するか、反発するかを数値化できる硬さであり、ロックウェル硬さ、ビッカース硬さなどの指標があります。ダイヤモンドが最も高いとされています。

耐疲労性・耐食性

金属はくり返し力が加わるともろくなり、やがて破壊されます。この過程を金属疲労といいます。例えば針金も最初は硬い状態ですが、繰り返し曲げ伸ばしするうちに柔らかくなり、やがてはちぎれてしまいます。
耐食性とは錆びにくさのことで、高熱を加えると酸化被膜が発生するので錆びにくくなります。

3.焼入れと焼き戻しはセット

焼入れを行うと硬度は上がりますが非常にもろくなり、靭性は下がります。靭性とは粘り強さのことで、割れにくさや破断しにくさです。先ほど挙げたダイヤモンドも日常生活レベルの傷は全くつきませんが、ハンマーで叩けば割れることがあります。これは硬度がどれだけ高くても靭性が低い為です。

硬度と靭性は反比例の関係にあり同時に高めることは出来ず、焼き入れの後にはほぼセットで焼き戻しという処理が行われます。焼入れも焼き戻しも金属に熱を加えて冷やすという点では同じですが、温度の高さ、温度の保持時間、冷却速度などが違います。
焼き戻しはいろいろな方法がありますが、基本的には焼き入れよりも低い温度で時間をかけて冷ますことで、硬度と靭性のバランスをとっています。

4.焼入れ温度は低すぎず、高すぎず

加熱温度や温度の持続時間が足りないなど、何らかの原因でオーステナイト化が起こらない・不十分だった焼入れは不完全焼入れと呼ばれます。この場合は当然マルテンサイト化も起こらない・不十分な為、硬度はあがりません。逆にオーステナイト化が十分であり、組織の90%以上がマルテンサイト化した場合を完全焼入れと呼びます。

かといって加熱温度が高すぎると金属表面に酸化・結晶化が起こり、材質の劣化や割れ・変形などの原因になってしまいます。そのためなるべくオーステナイト変態が十分に起こるちょうどの温度を狙い、それを一定時間持続する必要があります。オーステナイト変態が起こる温度を焼入れ温度とも言います。

5.焼入れ欠陥について

焼入れ欠陥とは焼入れ過程や焼入れ後に起こる不具合で、さまざまな現象と原因があります。

焼入れ欠陥の要因となる”焼入応力”

焼入応力とは焼入れによって内部に生じる力のことで、熱応力と変態応力があります。

熱応力
物体は熱すると膨張し、冷やすと収縮します。これが表面上と内部では温度差や時間差があり、いびつな力が発生することで割れや変形などの焼入れ欠陥を引き起こす要因になります。

変態応力
組織はマルテンサイト変態すると膨張します。これも表面上と内部では温度差や時間差があり、表面上は冷却が完了しても内部が冷却を続けてマルテンサイト化による膨張が継続されるといびつな力になり、変形などの焼入れ欠陥を引き起こす要因になります。

色々な原因から起きる焼入れ欠陥

置き割れ、自然割れ
焼入れ後に急速冷却や焼き戻しが直ちに行われなかった為に起こる割れです。

焼きムラ
加熱・冷却が不均等だったり汚れやごみが付着していた為に起こり、硬度が部分的に不足した状態です。

変寸
もとの形状は保ったまま寸法が変わることを言います。マルテンサイト変態した組織量によって影響しますが、焼き入れ自体がマルテンサイト化を目的としているので避けられないことでもあります。

6.焼入れ性

焼入れ性とは、焼入れによってどれだけ深く硬くなるかの硬化のしやすさを表したものです。材質と焼入れの加熱・冷却の出来によっても左右されます。

鋼は鉄と炭素と微量元素によって構成されていますが、炭素量は多いほど硬くなります。また、微量元素の添加によってさまざまな向上性が得られます。

上記は向上するものを挙げましたが、向上する一方で他の性質が低下したり悪影響を及ぼすものもあります。炭素も多いほど強度は上がりますが、一方で靭性が下がるので用途に応じて上限が設けられています。

7.高周波焼入れについて

焼入れにはさまざまな方法がありますが、中村留では高周波焼入れを主に行っています。
高周波焼入れとは、焼入れしたいものにコイルを巻いて高周波誘導電流を流し、その後急速冷却することで硬化させる焼入れ方法です。この場合も焼き戻しとセットで行われます。内部には電流がほぼ流れないので数ミリ程度の表面的な処理です。

高周波焼入れのメリット

・表面だけの処理なので内部の靭性を保つことができる
・表面だけの処理なので焼入応力が起きず変形も起きにくい
・必要な所だけを部分的に硬化させることができる
・コイルを巻いて電流を流すだけなので処理が簡単
・処理が速い
・焼入れの深さを調整しやすい
・比較的省スペース
・二酸化炭素が発生せず環境に優しい

高周波焼入れのデメリット

・複雑な形状のものや入り組んだ部分は加熱ムラができやすく、向いていない
・一般的に小型部品向けで、大型になると電源も大型が必要で高価になる

このため、中村留でも複雑な形状と大型のものは外部業者に依頼して対応しています。

8.まとめ

焼入れはあまり聞き馴染みのない言葉ですが、工作機械を作る、または工作機械を使ってものづくりをする上で欠かせない作業のひとつです。また、ものづくりの仕事をしていなくとも、ドライバーや金づちといった工具のや、車・電車・飛行機などの見えない部分に焼入れは施されています。

私たちの身近なものをより長持ちさせる為、そして安全性を高める為の古くからの知恵であり、私たちの暮らしに密かに関わりが深いもののひとつです。