焼戻しとは?より強く、より丈夫に!

焼戻しは金属(主に鋼)の焼入れ後にほぼセットで行われる処理です。焼入れと同様に加熱・保持・冷却という手順で行われますが、焼き入れよりも低温であることと、目的が大きく異なります。

本記事は、焼入れの記事を先にお読みいただくとよりわかりやすくお読みいただけます。

1.焼戻しを行う目的

・靭性と硬度の調整

焼入れ後は硬度は高いですが靭性が低い(=脆い)状態になっています。焼き戻しをすると逆に靭性は上がり硬度が下がるので、ちょうどよいバランスの状態に調整します。これはマルテンサイトの質が変化しており、焼入れ後のものを焼入れマルテンサイト、焼戻し後のものを焼戻しマルテンサイトと区別されます。

・組織の安定化

焼入れ後は焼入れ応力が発生しており、不安定な状態です。
また、焼入れの際にオーステナイト化した組織が急冷されると組織はマルテンサイト化しますが、一部が残留オーステナイトとして残ってしまうことがあります。残留オーステナイトは不安定な組織で、時間をかけてやがて他の組織に安定しますが変形・変寸・割れなどの原因になったり、硬度にムラがある状態が起きます。
焼戻しをすることで焼入れ応力を除去し、残留オーステナイトをマルテンサイト化させます。

熱:熱応力  残:残留オーステナイト  マ:マルテンサイト

鋼の中でも炭素量の多い材質ほどマルテンサイト化が開始する温度と終了する温度が下がる為、常温まで下げても残留オーステナイトが発生しやすくなります。このような場合は0℃以下に下げるサブゼロ処理という方法が行われます。この時の温度が低いほど耐摩耗性は向上します。

・焼戻し硬化(二次硬化)

鋼には微量元素が添加されていることが多く、元素の割合が5%以下のものを低合金鋼、5~10%のものを中合金鋼、10%以上のものを高合金鋼といいます。
通常の焼き戻しでは靭性を上げる代わりに硬度は下がりますが、高合金鋼では焼き戻し温度においても組織に硬化が起こり、硬度も靭性も上げることが出来ます。これを焼戻し硬化と言います。

焼戻し軟化抵抗性について

焼戻し硬化の低合金鋼と高合金鋼のように、同じ温度で焼き戻した時に硬さの低下の具合が異なる性質を焼戻し軟化抵抗性といいます。特にクロム、モリブデン、チタン、タングステン、バナジウムなどが含まれた高合金鋼では焼戻し軟化抵抗性が大きくなります。


2.焼戻しの方法

焼戻しには低温で行う方法と高温で行う方法がありますが、どちらも焼入れのように組織がオーステナイト化しない程度の温度です。

・低温焼戻し

およそ150~250℃の低温で焼き戻して硬度を出来るだけ下げずに靭性を高め、内部応力を除去して組織を安定させる方法です。硬度と耐摩耗性を重視したい場合に行われます。

・高温焼戻し

およそ400~650℃の高温で焼き戻して出来るだけ靭性を高める方法で、一般的に一度だけでなく二度以上行われます。靭性を重視したい場合に行われ、材質によって焼戻し硬化が起こります。

3.冷却方法について

焼入れも焼戻しも加熱処理後は冷却を行います。方法の一例として下記が挙げられます。

水冷
→急激に冷やすことが出来るが、温度帯によっては割れや変形を起こすリスクがある。

油冷
→水の1/3ほどのスピードで冷やし割れや変形が起こりにくいが、火災・汚染リスクがある。

空冷
→炉から出して空気で(またはファンで)ゆっくりと冷やす。硬化は得られない。

水溶液による冷却
→水にさまざまな物質を溶かし混ぜたもので、水以上の冷却能を持ったものや、濃度を調節することで水にも油にも近い働きをもつもの等がある。

・なぜ温度によって冷却方法が変わる?

焼入れにおいてはオーステナイト化した組織をマルテンサイト化させないといけないので、マルテンサイト変態の起こる温度(約550℃)までは急冷させなければいけません。しかしその後は急冷すると変形や割れが起きやすくなる温度帯があるため、材質によっては空冷に切り替えます。このように温度帯によって冷却方法を途中で変えるやり方を二段冷却と言います。一方、冷却方法を途中で変えずに行う冷却を連続冷却と言います。

高温焼戻しにおいても、焼戻し脆性を防ぐ為に急冷した後に空冷を行う二段冷却がとられることが多いです。低温焼戻しにおいては、硬さを得ることを目的としていないことと変形や割れを防ぐため、空冷のみの連続冷却が行われるのが一般的です。

4.焼戻しの過程と変化

焼戻しでは温度の過程によって組織にさまざまな変化が起こります。

第1過程(~200℃)・・・焼入れマルテンサイトが焼戻しマルテンサイトに変化する
第2過程(200~300℃)・・・残留オーステナイトが焼戻しマルテンサイトに変化する
第3過程(300~400℃)・・・焼戻しマルテンサイトが別の組織に変化する
第4過程(400℃~)・・・微量元素がそれぞれの効果を発揮し、高合金鋼では焼戻し硬化が起こる

400℃以上の焼戻し、あるいは焼入れ焼戻しをセットで調質とも呼ばれます。その名の通り組織の質や硬度と靭性を調整することを意味します。

焼戻し脆性について

焼戻しは靭性を上げる処理であるのに、逆に脆化したり、結晶化や軟化が起きて機械的性質を下げる現象が起こることがあります。これを焼き戻し脆性といいます。

低温焼戻しと高温焼戻しそれぞれに発生する現象と原因は異なり、高温では可逆性があるのが特徴です。焼戻し脆性を防ぐには温度の上昇・下降スピードや保持時間、添加する微量元素の増減を調節します。

5.まとめ

このように鉄(鋼)は熱と切り離せない関係にあり、形状においても性質においても様々な影響と恩恵を受けています。そうしてあらゆるものに変化した鉄は私たちの生活のいたる所で使われています。

焼入れ・焼戻しの歴史は古く、もともとは農具や刃物などをより丈夫で切れ味を良くするために行われてきました。初めは単純に熱して冷やすだけでしたが、やがてメカニズムが解明されて行き、目的に応じて温度や冷却方法を変えたり、材質自体を焼入れ焼戻しを前提に変えるなどの進化を遂げてきました。
人々の暮らしをより良くするための工夫と知恵であり、これからも受け継がれていくであろう技術のひとつです。